4コマ漫画「伝道された経緯④」〜最終回〜

 

キリスト教福音宣教会のMiKです!
さて、この「伝道された経緯」シリーズもついに最終回となりました笑

 

前回、「お祈りが成就しても素直に神様の働きだとは信じ難かった」私の心境について書きましたが、この考えを覆すのはなかなか難しかったです。

 
お祈りは毎日していたので(← これが大きかったと思う)、御言葉(=聖書、神様の教え)を聞いたらお祈りの答えのような内容が出てきたり、実際にお祈りが成就したりして、

 

「神様…いるのか??」

 

と思ったりはしましたが、それでもやっぱり疑う心が強く、「いや、偶然かも知れないし、確信はできない」という状態が続いていました。

 

しかし、ある御言葉を聞いた日…

それは、神様に敵対する霊である「サタン」についての話だったんですが、全ての経緯をここに書くことはできませんが、なんというか、

 

たたみかけるかのように神様の働きを感じることが起こりまして、

完全に天の前に屈服しました。笑

 

 

それまでにも、「これって神様の働きなのかなぁ?」と感じることが積み重なっていたので、その上にこの「たたみかけ」が重なり、

 

「あ、これはもう認めざるを得ない」

 

という状況に追い込まれてしまい、、笑
私の「無神論」の壁が、ガラガラと崩れ去った瞬間でした。

 

そこからは御言葉を聞く姿勢が変わりました。「あ、これは本物だ」と感じたので。

 

でも、その後も「本当に信じて大丈夫か?」と疑う心は、完全には拭えなかったです。
御言葉を教えてくれる人たちが、金銭などの見返りを何も要求することなく、いつも丁寧に教えてくれることにも、

「なんか怪しいなぁ…」

と感じたりしていました(すみません^^;)

 

分かってみたら、皆さんみんな「神様の心」で、ひたすら「無条件の愛」と「善意」で教えてくれていたんですが、世の中で生きていたら「見返りを求めない愛」って、あまり感じることないですからね。

特に、何かを得るためにはそれなりの対価を払うのが普通なわけで。

 

「何か裏があるんじゃないか?」

「いつか壺を買わされるんじゃないか?」(← え

 

みたいにずっと疑っていましたし、何かヤバいと感じたらすぐにでもトンズラしようといつも警戒していました。

でも結局、何もなかったので最後まで御言葉を聞くことになり、ほぼ毎日御言葉を聞くようになってから2ヶ月半後、礼拝に参加するまでになりました。

 

正直、御言葉を聞き始めた時は、毎週礼拝があるなんて知らなかったので、「必要な話をさっさと聞いて、自分の問題解決して、おさらばしよう!」って思ってたのですが。

 

でも御言葉を続けて聞いていくに従って、

「あれ?おさらばするつもりだったけど、なんかずっと聞き続けていくような雰囲気が…」

と徐々に感じてきて、最終的に礼拝の話をされて、

「あーー(これからずっと聞いていくのか…)」

ってなりました。「あーー」ってなったけど、やっぱり御言葉聞きたかったので礼拝に参加しました。

 

あと、御言葉を教えてくださっている鄭明析先生が韓国人だということにも少し躓きました、、笑
両親が韓国嫌いだったので、私もその影響を受けていました…^^;

 

 

はじめは礼拝の存在を知らされずに御言葉を聞くようになりましたが、別に嘘つかれたわけではないですし、騙されたとも思いませんでした。私の場合、宗教への嫌悪感が酷かったので、はじめから礼拝の話をされていたら、むしろ御言葉を聞かなかった気がするので、これで良かったと思います。

御言葉聞くのも、礼拝に参加するのも、強制ではないですしね。私も、御言葉が正しいと感じたから、自分に必要だと感じたから礼拝に参加しましたし、今もそうです。

 

礼拝に参加してからも、完全には信じきれなかったり、疑ったりする心はありましたが、続けて御言葉を聞き、祈り、神様の働きを体験し… というのを繰り返していく中で、その心はなくなっていきました。

簡単になくなったわけではなく、私も切実に祈って努力しましたし、だいぶ時間もかかりました。

 

 

「洗脳されたのではないか?」

とか思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、そんなことはないです!笑

 

「洗脳」って調べてみると、こう書いてありますね。
 

個人の思想や価値観を、物理的、社会的圧力を加えるなどの操作によって必ずしも本人の欲しない方向へ急速かつ大幅に改変させること。 共産主義国家などで行われた強制的な思想改造が知られる。 感覚遮断や賞罰の操作などの反復による学習の一つといえるが、その効果は永続的でない場合が多いといわれる。

コトバンク

 

別に強制されて御言葉聞いたわけじゃないですし、正直言ってやめたかったら途中でやめられたと思います。そして御言葉を鵜呑みにしなさいというわけでもないです。しっかり一つ一つ自分で確かめて土台を固めていった上に今の私があるので、御言葉は正しいし、【真理】だと感じます。

それでもやっぱり怪しいと感じる人は、キリスト教福音宣教会の御言葉を聞いて確かめてみてください。
正しくてまともなことしか言ってないですよ笑

 

あと、私をひっくり返したのは、人ではなく、やはり神様だなぁと感じます。あれだけ色んなことが重なるように時も状況も合わせられるのは神様しかいないですね。

これはやはり、私が「祈って御言葉を実践すること」で実感しましたし、このような自分の経験が、現在も信仰を持ち続ける大きな原動力になっていると思います。

 

御言葉を学んでみて、正直言って苦しいと感じたこともありますし、「学ばなければよかったんじゃないか」と思ったこともあります。

それでも、鄭明析先生がいつも御言葉でおっしゃっているとおり、「最後まで」やったとき、困難や苦痛から抜け出すことができ、それがまた一層私の信仰を固くしてくれました。

その一つ一つが、私にとってかけがえのない天との経緯になっています。

 

改めて、御言葉に出会えたこと、鄭明析先生に出会えたこと、神様に出会えたことに、本当に感謝します。
また、私を教え、導いてくださった全ての方に心から感謝します。

 

以上、「伝道された経緯」シリーズでした!

 

2021年12月 MiK

関連記事

TOP