
「豚に真珠」= 価値のわからない者に貴重なものを与えても意味がない
聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。(マタイによる福音書7:6)
「目から鱗」= 今まで気付かなかったことが、何かをきっかけとして分かること
するとたちどころに、サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。そこで彼は立ってバプテスマを受け、(使徒行伝9:18)
「砂上の楼閣」= 見かけは立派だが、基礎がしっかりしていないために不安定で長く維持できないこと、見かけ倒し、現実味のないことや実現できないこと
また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。(マタイによる福音書7:26-27)
「七転び八起き」= 多くの失敗にもめげず、そのたびに奮起して立ち直ること
正しい者は七たび倒れても、また起きあがる、しかし、悪しき者は災によって滅びる。(箴言24:16)
「狭き門より入れ」= 安易な方法を選ぶのではなく、困難な道を歩むことで目的を達成し、価値ある成果を得ること
狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。(マタイによる福音書7:13)
「笛吹けども踊らず」= あれこれと手を尽くして誘ったり勧めたりしても、それに応じようとしないこと
『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、胸を打ってくれなかった』と言うのに似ている。(マタイによる福音書11:17)
「働かざる者食うべからず」= 食べるためにはまじめに働かなければならないということ
また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。(テサロニケ人への第二の手紙3:10)
「一粒の麦死なずは」= 一人の犠牲によって、多くの人々が救われること
よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。(ヨハネによる福音書12:24)
「明日のことはわずらうな」= 今日の苦労だけで十分ではないか、明日は明日で思案すればよい
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。(マタイによる福音書6:34)
「耐えられない試練はない」= どんなに苦しい試練でも乗り越えられる
あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。(コリント人への第一の手紙10:13)
「人はパンのみに生きるにあらず」= 人間は、物質だけではなく、精神的にも満たされることを求めて生きる存在である
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。(マタイによる福音書4:4)
「ジャイアントキリング」= 格下のチームや選手が格上のチームや選手に勝利すること、番狂わせ、大物食い
巨人のゴリアテを、少年ダビデが倒したエピソードから(サムエル記上17章)
「ミレニアム」= 千年間、千年紀
キリストが再臨して千年間この世を支配するという神聖な王国を指す(ヨハネの黙示録20章)
「タレント」= 才能、またはテレビ・ラジオ等に出演し人気のある人
語源は重量、貨幣の単位「タラント(タラントン)」。マタイによる福音書25:14-30のたとえ話で、主人は3人の僕にそれぞれの能力に応じて、自分の財産(タラント)を預けたことから、「タラント」から派生した「タレント」は才能などの意味を持つようになった。ちなみに1タラントは現在の貨幣価値で約6000万円。
「カリスマ」= 人々の心を引きつけるような強い魅力、それを持つ人のこと
ギリシャ語charis(恩恵)を由来とし、「神の賜物・恩寵」という意味で用いられていた。社会学者のマックス・ヴェーバーがカリスマという用語を社会学の概念として導入してからは、社会学用語として一般的にも浸透した。
イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。(ヨハネによる福音書4:10、この他新約聖書に多く登場する)
2025年3月 MiK